特別講義・紀伊國屋ホール・不在

家族で公園などに出かけて夕方前に帰宅し、
子ども(と寝不足の奥さん)も昼寝してしまったので
ウェブサイトをいくつか徘徊。
昨日ちょうど『大谷能生フランス革命』を完全読了したので
共著者の門松宏明さんのサイトを覗いてみると
今日の19:00から大谷さんと菊地さんの特別講義があることを知った。

106回 新宿セミナー @ Kinokuniya
大谷能生フランス革命』(以文社)、
『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究』(エスクァイアマガジン ジャパン)刊行記念
大谷能生フランス革命』特別講義


新宿歌舞伎町在住の奇才菊地成孔とその相棒大谷能生という
現代日本ジャズ界正統異端児の最強コンビがとうとう紀伊國屋ホールに来る!
ジャズ批評の新たな地平を拓いた
『憂鬱と官能を教えた学校』、『東京大学アルバート・アイラー』に続き、
今回上梓する驚愕の大著『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究』で、
ひとつの到達点に達した二人のトークライブはファンのみならず、
未体験の老若男女も必見の歴史的イベント。
何がなんだか分からなくてもとにかく観るべし!百聞は一見に如かず。
良薬口に苦し。信じるものは救われる。言いたいことは明日言え!

ホールのサイトのイベント紹介文が大仰すぎてちょっと可笑しい。


ダメもとで紀伊國屋ホールに電話してみると当日券があるとのこと。
最近はこういうイベントに行くバイタリティーからも遠ざかっていたので
行ってみることにする。大急ぎで新宿へ。


ホールに到着すると丁度開場時間で
運良く当日券も2番目にゲット。
キャンセル空きだろうか、中央あたりの2席以外の当日席は
すべて最後部だったのでラッキーだ。


開演。
特別講義とは名を打っているものの
いつもの調子の与多話(『水曜WANTED!』みたいで懐かしい)で
ほんんど話が流れてゆく。結局『〜フランス革命』の話はあんまりしなくて
800ページを越える分厚さの2人の共著、『M/D』が
どれくらい読みすすめられているか(または読まれないでいるか)をけっこう話題の中心にしていた。
「この本を書いているうちに、(読者が)全部読まないってことを前提にするようになってきた」
とか
ゴダールの映画やビバップDCPRGのアルバムを例にとって
ある種の本や映画、音楽が、部分部分は認識できるけど全体を俯瞰すると
「印象」としてしか憶えていない、
(菊地さんの言葉を借りると「ローディングはされるけれどリーディングはされない」)
というようなことを言っていて、
それは量的な問題とか、読者の理解力ということではなくて
書物(や様々な作品)を創るときの書き手と受け手の存在の話なんだと思った。

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「完全な読者(受け手)」なんてものはどこにもいない。


それは至極当たり前のことなのだが
世の中のたいていの創作物は
「完全な受け手」というものを想定して作られている。

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最近、見聞きするもののなかで
情報が伝達される中での様々な「不在性」みたいなものを
意識的に取り上げているものが多かったりして気になっている。
「発信されたものを全てを受け取る者などいない」っていう問題を
悲観論的にではなくてポジティブに踏み込んでいくこととか
分からなさ/記憶されなさ/伝達されなさ/…というような物を
表現のなかにどう包括していくのかっていうことを考えるのは
すごく今っぽい感じがしていて、
例えば「〜フランス革命」においても
岸野雄一さんが「不在のメディア史」という話をしていたり
佐々木敦さんが巻末鼎談で
「このイベントを通して観て全ての回に興味がある人なんていないんじゃないか」
というようなことを言っていたりしてるのも
今日の話と重なるようで面白い。


まだ全然自分で咀嚼できていないんだけど
存在はしているのだけれど「不在」として
誰にも見えないようになっているもの、
存在が伝達されることからはみ出しているもの、
留保されたままでいつまでも確定されないものに対して
もう少し考えてみようかなと思っている。

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帰り道に歩きながらふと思ったのは
先の光市裁判で本村さんが被告の元少年から受け取った手紙を
開封しない。読まない。」と言っていたことだった。
あの判決後の会見は被害者遺族の会見として
あれ以上素晴らしいものはないんじゃないかと思うほど感銘を受けたのだけれど
他のやり取りがすごく理知的に整然と答えられていたのに対して
会見の中で一点だけ、手紙を読まないという答えだけが
ものすごく本村さんの感情を表しているように思えたのだ。
その手紙はずっと本村さんの手元に、
開封されない「受け手不在」のものとして存在し続けるのだろう。


「不在」として「存在」するものの方が
感情的な回路に働きかけやすいのかもしれない。
なんてことを少し思った。


大谷能生のフランス革命

大谷能生のフランス革命