バゲット・バー・バター

とある、日本在住のフランス人のおじさん。
日本に住んでもう数年になるがひとつ不満があるのだと言う。
どこの評判のパン屋で買ってもパンが美味しくない。
バゲットもクーペもカンパーニュも。
けれど、パンの代わりにケーキを食べて過ごす訳にもいかないので
仕方なしにその美味しくない日本のフランスパンを食べていた。


ある日、スーパーでフランパンを買おうと思うと全て品切れ、
もう他のパン屋も閉まっているのでやむを得ず
今まで手に取ったこともないイギリスパン風の四角いパンを買うことにした。
「イギリスパン?ジャポンパン?ノンノン」とつぶやいたかどうか知らないが
とにかく仕方なしに。
(フランス人は基本的に自国以外の文化を全て見下している。
問題:フランスが1番、では2番目の国はどこ?─答え:ない)


翌朝、おじさんは四角いパンを一口食べて驚愕した。
「なんだこりゃあ!ウマい!」
日本のフランスパンは全て美味しくなかった、
でも日本の柔らかい食パンは驚くほどの美味しさだったのだ。


あまりの美味しさに感動したおじさんは
その後、毎日柔らかいパンを食べ続け
里帰りする時にはそのパンを40個買って近所の人へのお土産にした。
近所の人も皆「こりゃあウマい!皮まで柔らかい!」と言ってバクバク食べた。


僕ら日本人は大きな間違いをしていたのかもしれない。
彼らは固いパンが好きなのではなく、固いパンしか知らなかったのだ。


そして、フランスの、このおじさんの故郷の町で
今でも言い伝えられているという噂がこれだ。


「日本には〈ヤマザキ〉という
パン・フェスティバルをやるほど美味しくて評判のベーカリーがある」

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という話を
先日入った駅近くのバーの若マスターに聞いた。
マスターの知り合いのこのおじさんは
ヤマザキサイコー!」と言っているらしい。


本当は一人でぼーっと考え事でもしようと思ったのだが
生憎、客が僕一人しかいない上に話好きのマスターで
結局2時間くらいダラダラと喋ってしまった。
全然考え事などできなかったのだが
面白い話が聞けたのでまあいいか。

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パンついでにもうひとつ。
「バターが全然売っていない」という話を聞いて
スーパーに確かめにいったら、本当に商品棚から消えていた。
調べると政治や気象や色んな要因が複雑に絡んで
こういうことになっているらしいですね。
家庭消費で一番バターの出番があるのは朝食だと思うのだが
「マーガリンで代用すればいい」とか「ごはんを食べればいい」
と言うのはちょっと軽々しい。
個人の食の嗜好のなかで
「朝食のあり方」というものへのこだわりは
一番頑固なのではないか、と思う。