三信ビル・石・アウラの消滅

日比谷に三信ビルという古いビルがある。
昭和初期のアールデコ様式のなんとも美しいビルで
気に入って何度か足を踏み入れていたのだが
解体計画の噂を去年くらいから聞いて
もう一度見ておかなければと思って行ってきた。


日比谷公会堂、帝国ホテルから丸の内まで続く日比谷通り沿いの
クラシックなビルはどれも魅力的なのだが
改めて歩いてみると三信ビルはこの界隈でもひときわ美しい。
去年訪れたときには店舗もオフィスも静かに賑わっていて
まるで「時が止まったような」古き良き雰囲気が充満していた。


実際にビルに入ってみると、本当に何もかもが閉鎖されている。
石造りの円形のエレベーターホール(とても素敵だった)も
装飾タイルのトイレ(とても素敵だった)も
店舗の蛍光灯の看板(とても素敵だった)も
もう無くなって、あるいは見えないようになっていて
まるで「時が止まったような」寂しい姿になっている。
『解体工事準備中』とか『写真撮影禁止』という
そこかしこに貼られた紙が
工事の開始を今かと待ち受けているように感じられる。


実は、既にそうとうな所まで解体計画は進んでいて
ほとんどのテナントが撤退、残っているのは1Fの喫茶店だけ
(このビルは1Fは店舗、2F以上がオフィスだった)
という話は聞いていた。
おそらくこの喫茶店が撤退したときに工事はスタートするのだろう。


丸の内界隈で良く見られるように
最近は古いビルの解体に際して
1Fのファサードだけを残して
新しいビルの下層に腰巻きのように再現する手法もある。
スクラップ&リビルドの技術が向上して
これからそういった建て替えがどんどん増えるのかも知れない。


しかし、いくら再現技術が上がっても
建築が長い時間をかけて重ねてきたアウラ
解体によって消滅してしまう。
ヨーロッパの旧市街を歩くと感じるけれど
石の建築というのは冷たい「死」のイメージと
「永続的なもの」のイメージを同時に携えていて
(日本の木の建築とまったく逆です)
その二律背反的なアウラを少しずつ
長い長い時間をかけて積層させている。
近代までの石の建築はそのアウラの層を
様式というかたちをとって表現していたのだけれど
モダニズム以降の建築はそういったアウラ
抹消・隠蔽するところから生まれている。
現代の、ハイテクなオフィスビルがどれだけ
借り物のファサードをまとっても
やはり消滅したアウラは戻らないのだ。


とはいえ、この状況を見ると本当にもう長くないかもしれない。
未見の人は一度行っておくことをおすすめします。
今回は撮影できなかったので去年撮った写真を載せておきます。



あと、こんなページも。
http://www.citta-materia.org/sanshin.php?catid=24&blogid=2


三信ビル1Fのニューワールドサービスでコーヒーを飲みながら。
ああ、ここの照明もとてもよい雰囲気です。