午後の春の電車・卒業・写真

午後の春の電車。
昨日より少し暖かくて電車の走行音まで柔らかくなったような気がする。
たぶん春による想像力過多症だ。


発車間際に駆け込んできた卒業式カップルが僕の隣に座った。
今日は大学の卒業式が多いようで
ちらほらと袴姿の女の子やスーツの男の子を見かける。
少し小太りのカップルの女の子の着物は薄いピンクに満開の桜。
黒い袴にはひとひらだけ桜の花びらが染め抜かれていて
とても綺麗な着物だ。
春で、卒業式で、楽しそうなカップル。
ある種の感傷的なスイッチが入るのには十分すぎる。
(おまけに僕は睡眠不足で朦朧としていた。)
2人はデジタルカメラを取り出して
今日撮ったのであろう画像を見始めた。
女の子は2人だけで映った写真がないのが不満みたいだった。


僕はあることを思いついた。
「写真、撮りましょうか?」
僕のことを知ってる人は分かると思うけれど
普段なら絶対にこんなオセッカイなことは言わない。
ただ、車内はガラガラだった。
聞いていたiPodのバッテリーがちょうど切れた。
さっき何かのスイッチが入った。
いろいろ重なって思いついたことを口走ってしまった。


「え?あ、いいんですか?」
「うん、こんな場所だけど」
「…お願いします(笑)」
カメラを受け取る。
「ハイ、チーズ」
電車の中で見ず知らずのカップルの写真を撮った。


「ありがとうございました」
「いえいえ」
次の駅で2人は降りていった。
僕はボーっと見送る。
口には出さなかったけれど卒業おめでとう。


これはひどい想像だけど、何年か後の春には
もうこの2人は別れているかもしれない
(何故だか春には往々にして別れがある。
もちろんずっと仲良く続いているかもしれない。)
でももしその後、今日みたいな暖かい春先に
別れた2人が再会したとして
「そういえば電車の中で写真を撮ってやると
言い出したヤツがいた」
なんて笑いながら話すところを想像したら
ちょっとだけ愉快な気持ちになった。


名前も知らない2人に
ささやかな悪意とささやかな祝福を。



…という
途中からの妄想に僕は身を委ねて。
午後の春の電車に揺られて。